日が落ちて冷えてまいりますってぇと暖かいもんが食べたくなる。
そんなときに「今晩は鍋にしましょうか?」なんて気の効いた女房の一声。
どんな鍋にするんだ?などと聞きますと、「大根と鶏なんてどうでしょうかね」なんてね。
土鍋に水を張りまして、ダシ昆布を一枚するりと入れまして、火を入れる。
鍋の水が温まってまいりますってぇと、ふわっと昆布の香りがしてくる。
煮立つ手前でダシ昆布を鍋から取り出しまして、あらかじめ湯がいておいた
大根を入れましてカツオダシも入れ、締め昆布も入れますってぇと鍋がぐらぐらと。
いい匂いじゃねぇか、ええっ?ちょいと味見をな、しなくっちゃなんねぇな。
てなことを言いまして小皿に汁をよそいまして口元へ持ってきますってぇと、
これが熱いんだがいい香りがぱーっと鼻をくすぐりますな。
ダシがよくでてるねぇ、ええ?水炊きでポン酢なんて思ってたんだが、
こんだけいいダシが出てるんじゃもったいない、塩を入れてよ、
「塩鍋」ってぇのもおつなもんだぜ、どうだい?え?
「あなたがよければあたしは」なんてぇことを女房が言います。
あらかた煮えたところで、大根が透き通りまして、雪のような肌。
鶏肉のぶつ切り放り込みまして、アクと脂を綺麗にすくいまして、
もう一度蓋をして、しばし待ちますな。おうっ、もういいんじゃねぇか?
なんてことを言いますってぇと、「はい」なんて、女房が白魚のような手で
土鍋のふたを取ります。
「熱い」、なんてちょいと布巾をかぶせなおしまして土鍋を開ける。
蓋と一緒にぱーっと上がる湯気と香り。おっ炊けた炊けた。
焼酎を氷で割ってよ、蕎麦猪口でいただくってぇのも乙なもんだよな。
いやー冬の醍醐味だよ、いいもんだねぇ、あたしはね、毎日でもいいんだよ、鍋なら。
「わかってますよ、あなたが鍋が好きなことは」、そうか判ってるか、横に来て
ちょいと酌してくんねぇか?お、お、おっとっとっと、こぼれちまうよ、もったいねぇな。
おまいはね、そうやってお銚子をね、わしづかみに持っちゃいけないよ。
え?大体が女ってぇ物は色気が大事なんだ。
お銚子はね、上のくびれたところを指でつまむように持ってだよ、
もうひとつの手を添えてだな、そうだよできるんじゃぁねぇか。
おまえもひとつやるかい?少しでいい?酔うから?ああ判ってるよ。
たくさんはやりゃぁしねぇよ、あたしが飲む分が減るからな。
なんて、さしつさされつ夜はふけていくのでありました。
(あたしは歳で老けていく)